現在行われている常設企画展「佐々木正芳x佐々木あゆみ 2人展」は2024年3月1日〜5月19日までの開催となっております。二人の生前に3回行われた夫婦の2人展ですが、昨年末の「佐々木あゆみ展」(秋保ひとがた文化研究室主催)に続いての企画展となりました。会期中に正芳は逝去しました。後僅かとなった、ひょっとすると最後の2人展をアーカイブに収めたいと思いました。
ー以降、ひとがた通信展から説明文を引き継いでいます。
佐々木あゆみ展『悠遠の地』
秋保ひとがた文化研究室の後援企画として、佐々木あゆみ展「悠遠の地」を開催いたします。展覧会では、作家の活動の起点となったであろう佐々木正芳氏との「2人展」の再現を試みます。さらに、代表的な抽象絵画や祭草シリーズなどの大作によって、作家の「個」を体感できる空間を構築します。
佐々木あゆみが到達したイメージの先の数々に浸るように、ぜひご鑑賞ください。
美術館は妻の夢でした。「お父さんの絵には哲学がある。美術館を造って残したい」。そう言ってくれました。
佐々木美術館の場所はいろいろと検討し、温泉や秋保大滝に程近いところにしました。設計は妻です。展示品は私の絵だけでは足りないと思われました。私が人の絵を描いていることもあり、人形館を併設するのがいいという話になり、人形作品を収集しました。
妻は70歳を過ぎてから有名作家の人形教室に通って勉強し、自分でも人形を作りました。開館を見届けることなく他界しましたが、完成した建物は見たので良かったと思います。
佐々木正芳(2021年9月15日発行 河北新報より)
私は時々、妻に絵の相談をしました。「老いたアダムとイブー1ー」
(1977年)という絵は私のデッサンを見た妻から「いいね。これ描いて」と言われて作品化しました。
頭をそり上げた裸の人物2人が抱擁する絵で、私は気が進みませんでしたが、絵にすると、雑誌に掲載されるなど評判を呼び、米国人が買い上げました。芸術的に私の一番上の作品ではないかと考えています。
妻は私のために生まれてきてくれたんじゃないかとさえ思います。妻がいてくれたおかげで全てがうまく回った気がします。毎朝、線香を上げ、手を合わせます。今も一緒にいるような感じがします。
佐々木正芳(2021年9月8日発行 河北新報より)
母は1960年代に、蜜蝋を使った「蝋画」を数多く制作しました。父と共に幼稚園と絵画教室を経営し子育てをする忙しい母には、その技法は適したものでした。父は母の蝋画を見ると、子どもがまだ小さかった頃、夜に台所のテーブルで描いていた姿を思い出すといいます。
蝋画は、紙に蝋を擦り込み、墨汁を上から塗って剃刀の刃で削り、そこから見えたきた形をダーマットペンで起こすように描きます。偶然に浮かび上がることによって出てきた幾何学的な形の作品は、後に代表作品
「夜の来訪者」や「暴かれた寓話」といった抽象絵画シリーズへと発展していったように思います。
佐々木克真
一昨年春頃より<祭草月面に咲く>のテーマで描いてみる。乾ききった月の世界と最も人間の臭いのする祭りとの組合わせを試みる。まんまるの青く美しく光る地球を、月面から眺めてもみたかった。
百年前には、兎のすむお月様を、こちらから眺めている丈だった。そこには水が有り草も生えていた。
息子が、絵を描いている私のそばへ寄り「宇宙空間と月面は、あくまで無機的にね。」と云って呉れる。
無限なる大宇宙のほんの一角のちっぽけな青い星だが素晴らしい星、地球 何時までも美しい星であってほしい。
佐々木あゆみ(綜合藝術情報誌「場」1981年3月号より)